デビューアルバム『シェイズ・オブ・ディープ・パープル』
バンド名を「ディープ・パープル」に改め、新たなスタートを切った彼らは、早速デビューアルバムの制作に取り掛かります。1968年5月、わずか2日間という驚異的な短期間でレコーディングされたアルバムが『シェイズ・オブ・ディープ・パープル (Shades of Deep Purple)』です。
このアルバムは、ジョン・ロードのクラシック音楽の素養と、リッチー・ブラックモアのロックンロール・スピリットが融合した、サイケデリックでアートロック的な色彩の濃い作品となりました。メンバーそれぞれの個性がぶつかり合いながらも、どこか初々しさを感じさせるサウンドが特徴です。
思わぬヒット曲「ハッシュ」とアメリカでの成功
アルバムの中でも特に注目を集めたのが、ジョー・サウスのカバー曲「ハッシュ (Hush)」でした。キャッチーなメロディとジョン・ロードの印象的なオルガンリフ、そしてロッド・エヴァンスの甘いヴォーカルが特徴的なこの曲は、本国イギリスではそれほど大きな反響を得られませんでしたが、意外にもアメリカのラジオ局でヘビーローテーションされ、全米シングルチャートで4位という大ヒットを記録します。
この成功はバンドにとって大きな驚きであり、彼らは急遽アメリカツアーを行うことになります。まだ無名の新人バンドだった彼らが、いきなり広大なアメリカ大陸で成功を収めたことは、その後の活動に大きな影響を与えることになりました。
初代ヴォーカリスト、ロッド・エヴァンスの時代
「ハッシュ」のヒットにより、ディープ・パープルは初代ヴォーカリスト、ロッド・エヴァンスと共にアメリカでの人気を確立しました。彼の甘くメロディアスな歌声は、バンドの初期のサイケデリックなサウンドによくマッチしていました。
しかし、バンドの音楽性は徐々にハードな方向へとシフトしていきます。リッチー・ブラックモアとジョン・ロードは、より攻撃的でダイナミックなサウンドを志向するようになり、ロッド・エヴァンスのスタイルとの間に少しずつ溝が生まれ始めていました。
この時期のディープ・パープルは、続くアルバム『詩人タリエシンの世界 (The Book of Taliesyn)』(1968年)、『ディープ・パープル III (Deep Purple)』(1969年、通称『四月の協奏曲』)をリリースし、独自の音楽性を模索し続けます。これらのアルバムでも、クラシックとロックの融合というテーマは継続されましたが、徐々にハードロックの萌芽が感じられるようになっていきます。
次回予告
第3章では、バンドの音楽的方向性の変化と、それに伴うメンバー交代の嵐、そして伝説のヴォーカリスト、イアン・ギランとベーシスト、ロジャー・グローヴァーの加入による「黄金期」の幕開けを描きます。ご期待ください!
Shades of Deep Purple